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水なすを育てているお百姓さん

水なすをわが子のように大切に育てているお百姓さんの中の一人、大阪泉佐野市の松波秀治さんです。

略歴・人となり

・父親の代から水なすを栽培しており、栽培の歴史は半世紀に及ぶ農家。

・自分の代になってから40年近く経過。

・中学生の時から父親の手伝いを始め高校卒業と同時に農業に従事。

22歳の時にお父さんが急逝(交通事故)。知識も技術も未熟なまま残されることになり、師匠亡きその後はお母さんと二人三脚で奮闘。親戚や水なす栽培の先人に教えを乞うなどして徐々に自身の栽培技術を磨いて行く。父を越える品質の水なすを育てることが師匠たる父への恩返しであるとの思いから一層水なすに情熱を注ぐこととなる。

3年前に、水なす栽培を手伝っていた長兄が希しくも父同様交通事故で急逝。悲しみを乗り越えて現在は奥さんと息子さんの3人で従事。親の背中を見て育った息子が自分と同じように農業の道を選び水なす栽培に情熱を注ぎ始めたことが誇りである。

栽培の苦労

・すべての農作物にいえることであるが、決して教科書通りには行かない。

定植の間隔、畝と畝の間隔、受粉の時期、葉の落とし方、ハウス内の温度管理等々、天候・気候に大きく左右されるため、「これが完成」というマニュアルはできない。毎年毎年が勉強である。特に水なす栽培において重要な要素は「日照」である。

・水なすは物を言わない

 今何を求めているのか、決して喋らない水なすに語りかけその気持ちを推し量ることが大事である。

エピソード

中学時代、学校から帰ると家の黒板に「今日は○○の畑へ玉ねぎを植えに来い」という父からの伝言(命令?!)が毎日のように書かれている。行けば腰を屈めての辛い重労働が待っている。しかも辺りが真っ暗になるまで。

たまに何も書かれていない場合もあるが、その時は牛(当時は耕運機の代わりにどの農家でも牛を飼っていた)のえさを作って与えなければならない。

遊びたい盛り、命令に背くと箒で思いっきり尻を叩かれるという厳しいお仕置きが待っている。勉強も遊びもできない悲しい青春時代であった。

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